アメリカ生活、最初の数年の冒険の後、帰って来たのはオット君の実家、ボストン郊外でした。オット君の実家は森の中にあります。

本当に森なんです。樹海。
敷地は東京ドームと同じくらいの広さ。

でも特にお金持ちってわけでもありません。ごく普通の家庭です。ハワイやサンフランシスコと違って、都市部から1時間も離れればこんな世界です。

お隣が見えなくて夜中は真っ暗闇の森。気候は北海道みたいなもんですから、冬はこれにさらに吹雪とかそういう世界。

これはこれで「よくこんなとこに住む気になるよな…。」ってとこなんですけれど、人間不思議なもので、あんな経験の後に戻ってきたら、なぜかホッとしました。オット君の両親は本当にいい方で、こんなどうしようもない私たちを温かく迎えてくれました。

私は以前働いていた会社に空いているポジションが無いか聞いてみました。その会社自体は大きなプロジェクトが終わったばかりで、人を雇っていなかったのですが、その関係でいい会社を教えてもらえました。

私の仕事が決まるとすぐにまた都会にアパートを借りました。小さな1LKでしたが、利便性も治安も良いところに借りれました。

私の就職先は、イタリアに親会社がある土木施工会社でした。半分はイタリア人、それからアルゼンチン人、エンジニアも世界のあちこちからです。もちろんアメリカ人もです。
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特殊技術を使う会社で、世界のあちこちに飛んだ経験がある人ばかりでしたので、私みたいなのに疑問を持ちません。笑
しかも英語圏でないエンジニアばっかりだったので、そういう心配も無し。女性エンジニアは私だけでしたけれどね。あんまり現場には出ないデスクワーク中心でした。

この会社で不快な思いをしたことは無かった!

オット君もやっと安定した仕事に就き、ようやく2人で幸せに暮らしていました。そんで気が付くと5年が経っていました。

結婚して7年、そろそろ子供が欲しいね。
でもこんな狭いアパートで共働きじゃ無理か~。

アメリカの都市部の保育所はフルタイムだと月15万円が普通とかすごい額なんですよ…。
このままじゃ困るよな~と思い、例えばパートにしてもらって、後はお義母さんにも協力してもらうとかしかないか~と考えました。

上司に恐る恐るパートで働ける可能性を聞いてみました。すると、
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そんで都市部は住宅費用もすごいでしょ?
そこにあのハウジングバブルが重なりました。

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もうこのまま、子供がいない生活でもいいか。それもまたヨシ!

そんなある日、オット君が言いました。
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ここまで時間をかけて築いてきたものは何だったのか?

愕然としました。

だから私は今の若い人たちの悩みはわかるんですよ…。

それからしばらく、心の葛藤がありました。
性的嫌がらせを受けてきた日本に戻るのか…と。

そして切り替えました。

私は日本で母親になる!


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