Saltbox|エクストリーム自閉症育児絵日記

オット君は米国人。私は在米トータルで14年くらい。長男ボビーは重度自閉症児。次男マイキーは今時の小学生。保護猫のシェルどん。これが私の家族。米国東海岸郊外の普通の家族。

カテゴリ:ボビー > 療育(東京編)

ボビーとマイキーは、実は東京生まれです。ちなみに私も東京生まれです。子供ができる前は、オット君と私はアメリカの都会で狭いアパートを借りて共働きで暮らしていました。そしてある日のこと。オット君が東京に転勤になりました。私は突然、専業主婦になりました。結婚し ... 続きを読む
ボビーとマイキーは、実は東京生まれです。
ちなみに私も東京生まれです。

子供ができる前は、オット君と私はアメリカの都会で狭いアパートを借りて共働きで暮らしていました。
そしてある日のこと。
オット君が東京に転勤になりました。私は突然、専業主婦になりました。結婚してもう7年くらい経ったのか…まあこれも流れだろう…。

そして幸せが訪れました!


ボビー爆誕!
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やべえ!かわいい!
親バカかもしれませんが、マジで人形みたいな子が産まれました。
奇跡だわ。この時、この子を見て障がいがあると思う人はゼロでしょう。

そして普通にニコニコし、目線も合い、当時の写真もカメラ目線で、保健所の各検査も難なくこなし、成長記録もごく普通、健康で良く食べ良く眠り、何の疑いもありませんでした。

…ところが。

1歳くらいで歩き始めの頃、やたら慎重なんですよ。足腰はとっくにしっかりしているのに、伝え歩きから自立歩行になかなか移らなかったんです。でもまあこのくらいの頃の成長はものすごい個人差あるので、こんなもんかと。

結局、11カ月くらいでは、もう歩けそうな雰囲気だったのに、自立歩行は1歳3か月くらいでした。

そんでね。ちょうどその頃、2人目妊娠だったんですよね。
そしてマイキーが産まれる直前、ボビー2歳なりたての頃かな。


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どうも変だと。
そろそろ言葉ももっと出て、周りと話したがったりする頃でしょう?イヤイヤ期とかね。

ところが全然そういう感じじゃなかったの。

もちろん毎日たっぷり相手してあげたし、公園や自治体の子育て広場に連れて行って、保育士さんがいるようなところで他の子供と遊ばせたり、随分頑張ったんだけれどね。どうも何かが違う。

そして…

マイキー爆誕!
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見た目双子だから、同じ絵。

そんで私はしばらく出歩くのも大変な時期でしょう?
オット君と私の母が、ボビーの面倒をみてくれてね。

そんで2人とも、同じ事に気が付いた。何か変だぞと。

散歩に連れて行くと、池の水面のキラキラに見惚れてる。
自動ドアの開閉を楽しそうに見てる。
シーリングファンに釘付け。
話しかけても、反応薄い。

そこからね。色々と典型的な自閉症の症状が出始めました。

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数字パズル大好き。ブロックはなぜか逆さまにして並べる。車の車輪で遊ぶ。他の子と遊ばない。好き嫌いが激しい。普通の「しつけ」でどうにかなるレベルじゃない感じの好き嫌い。いつもと違う道を行くと泣く。むちゃくちゃ多動。布団に挟まりたがる…などなど。

もう典型的でしょう?

でも当時は自閉症の知識はほとんど無かったのでね。
ネットで調べましたよ。典型と知った時のショックでかすぎた。


どうしたらいいのよ!

ようやくマイキーが外に出られる月齢になってから、また自治体の子育て広場に行くようになりました。
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ここには他の保護者もたくさんいますし、経験豊富な保育士さんも常駐しています。そこで相談すると、皆さん優しくて、ボビーの相手を一生懸命してくれました。赤ちゃんがいると、お母さんは上の子の相手を同時にするのは難しいですよね…本当に助かりました。
こういう場所はありがたかったです。

しかし、まだこの時点では、「この子は自閉症です!」と言ってくれる人はいませんでした。「ちょっとゆっくりなのかな?」というのが、大半の意見でした。

特に当時の我が家は、外では日本語、家では英語という環境だったので、バイリンガルによる言語の遅れという疑いもあったからです。

(続く)


ボビーの事で書いて欲しい事があったら、お気軽にコメントくださいね!

 

前回の続きです。最初のエピソードはここよ!自閉症に気付いた時の話明らかに他の子となんか違うと思ってもね。赤ちゃんもいるし、どうしたらいいのかわからなかった。もちろん妊娠中も、子育て広場や保健所に相談はしていたんだけれどね。まだこの時点では、誰も何とも言え ... 続きを読む

前回の続きです。
最初のエピソードはここよ!


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明らかに他の子となんか違うと思ってもね。赤ちゃんもいるし、どうしたらいいのかわからなかった。

もちろん妊娠中も、子育て広場や保健所に相談はしていたんだけれどね。まだこの時点では、誰も何とも言えなかった。

この頃のボビーは、数字、文字にもの凄く興味があり、数字は20くらいまで言えて、ひらがなもアルファベットもかなり読めてたんです。今でこそ、「バリバリの自閉症要素!」って思うけれど、定型発達でもそういう子いるじゃん?

わからないよ、ホント。
周りにどんなに「変じゃない?」って聞いても、「いやうちの子も変だから~。」みたいな反応でさ。笑
まあそうなるよね。


いい?みんな!お涙頂戴タイムよ!

ドーン!
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実は、私はそれ以上の何かを感じて、人知れず保健所の看護師に相談に行っていたんです。泣きながら。
オット君は、日本語もそんなにできないし、日本のシステムもよく解ってない。外資系でも日本で働いていれば、やっぱサラリーマンで残業もある。母は比較的遠くないところに住んでいるけれど仕事もあるし、そんなには親しい仲では無い。
乳飲み子連れて、コミュニケーション取れない多動の2歳児の相手。

もうヘトヘトでした。


もしあなたが今、こんな思いをしているのなら、今すぐ保健所へゴー!!

いい?聞いて!
ここでやっと言われたんです。検査しましょうと。

支援センターに検査してくれる医師がいるとのことで、すぐに予約しました。2カ月くらい待ちましたが、2歳4か月くらいの頃かな…。「自閉症疑い」と言われました。

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ここから発達障害サポートセンターでの週1回のグループ療育が始まりました。

そう。たったの週1回。アメリカだったらもっと手厚いです。
ABAでね。そのことにはすでに気が付いていたので、すぐにABAの本を取り寄せ始めました。

と同時に、日本は日本で規律正しい、素晴らしい学校教育があるじゃないですか?この時点ではとにかく出来る事をやる。それだけでした。

支援センターは、電車に乗って行くところでした。東京だからね。
私たちは自動車も無いし。どうしても混んでる時に当たってしまうこともありました。

みなさん、こんな経験あるでしょう?

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これはね。「すいません!」自動化で乗り切りましょう。
できるだけすまなそうな顔をしておくのがポイントです。(女優魂よ!)

でもさすがに暑い夏になって赤ちゃんを連れて歩くわけにもいかない時期は、母にマイキーを見てもらって、ボビーを抱っこで出かけたりもしました。真っ直ぐ歩かない子だからね。途中でひっくり返るし。

抱っこもこんな。


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これも、今考えると「自閉症あるある」なんだけれどね。
のけぞる。暴れる。

で、仕方なくハーネスつけて歩かせると、クソジイイ、もしくはクソババアに、「犬じゃないんだから。」「クスクス。」みたいに言われる。

ハーネス外すと、マジで駅のホームでダッシュされたり、歩道の外に飛び出しそうになったり、もう怖くて怖くてね。こういう危険を考えたらね。

皆さん、堂々と安全対策してください!

大丈夫。わかっている人はちゃんといるから!
みんな、もうこういう頑張っている人は褒めようよ!
いいよ5歳でベビーカー乗ってても!うちそうだったもん。

それからね。
私は出産後から、毎日ビリーで鍛えてました。
ビリー・ブランクス。
覚えてる?

見て。私のコレクション!

billy

そしてね…。今はもっとすごい事になってるぜ!
そのうち書くけど。(書いたよ:こちら

「子育てで、腕太くなっちゃった~。」とかのレベルじゃないから。


というわけで、またボチボチ、ボビーの事書くね!
何歳ころの話が聞きたい!とか質問あったら、コメントよろしく!

自閉症育児、応援してます。
愚痴でもコメントしておくれ!

次回:


 
 

自治体の提供する療育に初めて行った日の話です。住んでいる場所からは電車を乗り換えて行くところで、確か45分程度のセッションの為に、行き帰りにその2倍くらいかかりました。初めてなので、ちょっと余裕を持って福祉センターに着くと、職員の方にロビーで待つように言われ ... 続きを読む
自治体の提供する療育に初めて行った日の話です。

住んでいる場所からは電車を乗り換えて行くところで、確か45分程度のセッションの為に、行き帰りにその2倍くらいかかりました。

初めてなので、ちょっと余裕を持って福祉センターに着くと、職員の方にロビーで待つように言われました。すると建物の後ろの大きなドアが開きました。そこで見た光景。

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このセンターには、さまざまな知的障がいのある方がいらっしゃるようで、見るからに障がいの重い方や、複合する障がいのある方の出入りをたくさん見ました。年齢も様々のようでした。

私が知らない世界がそこには広がっていました。決して愉快な状況ではないのに、不思議な優しさの空気がありました。自分みたいな人間がここにいるのが場違いに思えました。

その時、職員の方が来ました。療育の手順の説明が始まりました。
まず、セッションの前に専用のトイレに連れて行ってくださいといわれました。トイレに行かせないと持たない子もいるし、毎回やることで習慣化させること、トレーニングの一環とのことでした。そこでまずトイレに連れて行きました。そこで見た光景。

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うそだろ!
アゴが出るくらいおののきました。

つかやべえだろ!丸見えだわ!意味わかんねえわ!
なんかマットみたいの敷いてあるし!

それでもとりあえずやらんとまずいだろうと、ボビーをトイレに座らせようとしましたが、もちろんこんな環境では無理でした。家でもまだまだ難しく、基本ずっとオムツの時期でした。
2歳半だったがな。

そして職員の方が、クラスに案内してくれました。
そこで見た光景。

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マジか。
ここが私らの属するとこなのか。

違うだろ!違うよな!
他の子供たちは、うちの子よりも2歳くらい年上の感じでした。
…なんで?なんで?なんで?

この時点で、私はもう頭が混乱していました。
このグループレッスンは、親も参加する形のものでした。言われた通りにはやりましたが、もう心ここにあらずでした。

この子たち無茶苦茶じゃん!親ゾンビになってるじゃん!

なんでだよ!
なんで私たち、ここにいるんだよ!


モヤモヤしたまま、教室を出て、ふと隣の教室を見ました。そこで見た光景。


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職員の人に何のクラスか聞くと、「あ、ああ。違うクラスです。」と話を濁してきました。しつこく聞くと、「ああ、もう少し…あのその、高機能の…」みたいな返事が返ってきました。このクラスでは、保護者はマジックミラーの外から観察するようになっていました。

帰りの電車で、胸が張り裂けそうでした。オット君には福祉センターに無事に行った事は伝えましたが、このモヤモヤは伝えられませんでした。

次の日の午前、いつものように、家の近くの子育て広場に行きました。いつものお母さん方と定型発達児が、幸せそうにワイワイやっていました。

家に帰った後、涙が止まりませんでした。


次回:


みんなの障がい児育児、応援しているよ!
私のアホな心の行方を楽しんでね!



  

みんな!バーチャル東京療育の時間だよ!マイクラよりも面白いよ!ゾンビもいっぱい出てくるよ!さて、療育が始まって1か月頃でしょうか。やっとオット君が参加するチャンスが来ました。私は例のトイレは無視しました。あんなのアメリカ人に見せたらCNNに電話してしまいます ... 続きを読む
みんな!
バーチャル東京療育の時間だよ!
マイクラよりも面白いよ!ゾンビもいっぱい出てくるよ!


さて、療育が始まって1か月頃でしょうか。やっとオット君が参加するチャンスが来ました。

私は例のトイレは無視しました。
あんなのアメリカ人に見せたらCNNに電話してしまいます。
トイレのエピソードはこちら

クラスはいつも通り、安定のゾンビパーティー。

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先生の指導に従いながら、他2名くらいのスタッフが介助するような形でしたが、あまり広くない部屋なので、ずっと嫌な予感はしていました。そして一瞬でした。
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かんしゃくボーイがやっちまいました。

血もちょっと出ました。かんしゃくボーイの親は平謝りしていました。私たちも彼らを責めるわけにはいかないのは分かっているので、どうしていいのか分かりませんでした。

応急手当で消毒して絆創膏が貼られました。その場にいるのが辛くなって、結局そのままに立ち去りました。あとで考えたらさ。これ…アメリカだったら、救急&抗生物質コースだよね。確実に。

スタッフも謝っていましたが、もうなんかここに来るのが一気に嫌になりました。それでもまあ行かないわけにもいかないので、次の週行くと、もうボビーは完全におびえていました。

私は職員のところへ行きました。

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あのクラスはまずいんじゃないかと。
うちの子はそのころ攻撃性や自傷はなかったんです。なので、ちょっとあそこは合って無いんじゃないか?ほかのクラスは無いのか?と聞きました。すると、

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結局、こいつはノロノロしているので、自分で他にもうちょっと通用する職員を見つけて、先生と連絡を取りました。先生によると、一刻も早く療育が受けられるよう、空きがあるところに入れたけれどもう一つのクラスの方がいいかもしれないという話でした。

そして例のマジックミラーの方の教室が始まりました。

時々、かんしゃくボーイが道端にひっくり返っているのにすれ違ったりもしましたが、親とはお互い目も合わせませんでした。

そこには謎の「その方が互いの為にいいだろう」という空気がありました。


本当は好きだったんだぜ!ゾンビ母!

というわけで、次のひどいエピソードをお楽しみに。

そうそう。例のトイレね。その後、こんな感じになりました。

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めでたし、めでたし。

どう?東京に住みたく無くなったでしょ?
このブログは東京一極集中を止めるのにも一役買ってるよ!
応援してね!

次回:


  

ボビーがグループ療育で噛まれてしまって以来、建物に近づくだけでダブル連続逆さバイバイするようになってしまいました。(全力で帰りたい事を示している)その話はこちら。施設に相談し、隣の教室に行くことになりました。その部屋は親はマジックミラーの外から子供を観察 ... 続きを読む
ボビーがグループ療育で噛まれてしまって以来、建物に近づくだけでダブル連続逆さバイバイするようになってしまいました。(全力で帰りたい事を示している)その話はこちら

施設に相談し、隣の教室に行くことになりました。その部屋は親はマジックミラーの外から子供を観察していました。

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あ、そうそう。今はね。ボビーはすっかり噛まれ慣れしたよ。重度の方の自閉症のクラスだとどうしてもあるからね。もちろんアメリカの学校は医療処置も、親へのレポート、記録も迅速だよ。

さて話を戻しますが、マジックミラー部屋はこんなところでした。
作業療法士ですかね。英語だとOT(Occupational Therapist)のような方が3名いらっしゃいました。
まず最初の5分は親も部屋の中に入り、あいさつ、そして今日の予定などの話をします。そして運動や作業などのアクティビティーをした後、最後の5分で、親に説明と指導をし、みんなでさようなら、という流れです。

他の2人の男の子は、ボビーよりも1歳ほど上でした。お母さんの一人は、私と同じく赤ちゃんがいました。もう1人は上に小学校に入ったばかりのお兄ちゃんがいるとの事でした。お二人共、もちろん子育てでお疲れでしたが、以前のクラスと較べると、はつらつと輝いていました。

それまでどん底にいた私に希望の光が差し込みました!
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あいさつの後、マジックミラーの外からの観察が始まりました。
先生が「名前を呼ばれたら、手を挙げてお返事してください。」と言いました。


こういう子たちはちょっと観察していると、すぐおかしなとこが見えます。モジ君はモジモジボソボソで下ばかり見つめていました。ヨソミ君は落ち着きが無く、外が気になって仕方がないようでした。そして、ボビー…。
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さっきの希望の光、2分で消えたよ!

まあ外で突っ立ってるのもなんでしたし、気まずかったので、お母さんたちに自己紹介しました。
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上にお兄ちゃんがいるモジ君のお母さん(ハキハキしている)が言いました。

モジ母:心配しなくて大丈夫よ。まだ2歳で、このクラス初めてなんだから。

チー:大丈夫ですかねえ?全然指導に従えていないですけど。

モジ母:実はうちのお兄ちゃんの方もここに通ったの。やっぱり下の子みたいな感じでね。でも今は普通に喋れるようになって、うるさいくらい。普通の小学校に入ったのよ。

チー:へー!ちゃんと成長してそんな風になるんですね。

ヨソミ母:うちの子も最初は全然だったけれど、今はだいぶ従えるようになったのよ。大丈夫!

チー:そうですね。これからどうぞよろしく!

とは言ったものの…何か心の引っかかりは取れませんでした。帰り道、かんしゃくボーイのゾンビ母を見かけました。

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この時、私はなんとなく知っていました。

自分たちはゾンビ側であることを。

しかし自閉症スペクトラムという区切りの無い世界で、周りに翻弄され続けることは、この時はまだ知りませんでした。

みんな!面白かったら拍手ボタンよろしく!
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さて、とんでも東京療育に戻ります!笑やっと療育らしきものが、東京都の区が運営する発達障害センターで受けられるようになったものの、その後も同じような絶望状態が続きました。(その話はこちら)ただ少なくとも、そこにくるお母さん方と少し仲良くなりました。それがち ... 続きを読む
さて、とんでも東京療育に戻ります!笑

やっと療育らしきものが、東京都の区が運営する発達障害センターで受けられるようになったものの、その後も同じような絶望状態が続きました。(その話はこちら

ただ少なくとも、そこにくるお母さん方と少し仲良くなりました。
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それがちょっとした楽しみでした。特にモジ君のお母さんは、普通の小学校に入った高機能自閉症の1年生がいる方で、情報量も多く、どんな成長をしていくかの話が聞けたんです。
だからなんかこう、希望が持てたんだよね。


当時はまだ、うちもそうなるって思ってたの。だって、みんなそうやって私を励ますんだもん。


きっと良くなる!大きくなれば変わる!頑張れば良くなる!
奇跡は起きる!親戚の子は良くなった!5歳までほとんど喋れなかったのに良くなった!


とかね。今考えるとみんないい加減だよな。全く。笑

そうそう。当時はまだスマホ以前の世界だったんです。2010年ですから。丁度、それらしきものが出始めの頃じゃないかな。
まだまだガラケー時代でした。

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当然ラインなんて無いし、フェイスブックでさえ日本ではまだほとんど普及していない頃ね。若い世代はMixiというのをやっているようでしたが、私は2007年に東京に浦島太郎状態で帰ってきたので、色々と日本の情報が遅れていてね。全くついていけない状態。

情報交換はネットよりも直接会う方でした。笑

で、当時の交友関係がどういう感じだったかと言いますとね。
週4、5行く、近くの子育て広場みたいなとこで、顔を合わせるお母さんがたっくさん。20人、30人レベルでいてね。

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保育士さんが何人もいるところだったので、その方たちとも仲良くなりました。
それがめっちゃ楽しかった!

それとね。
東京だから、我が家みたいにインターナショナルな家庭も多いでしょ?だから国籍関係なく幅広い付き合いがありました。
子供同士、大人同士、英語で会話して教える目的もあったんです。

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ちなみにヒルズ族とかじゃないよ!普通の郊外だけれど、割とこういう家庭が多い地域だったの。私が中心になって、週末に公園なんかに集まってね。

やけに交友関係広いでしょ?

というわけで、私は思うよ。


私くらい自閉症と正反対の性質の人も逆に珍しくないかい?笑

しかも、家族計画もちゃんとし、妊娠前に婦人科の問題が無いか検査し、お酒も飲まず、薬なども気を付け、もちろん栄養もちゃんと摂り、元々身体が丈夫で妊娠中も順調そのもの。
そしてこのキャラ!


それでも自閉症の子供がいます!(堂々!)

みんなさ。自分を責めるじゃん?
自分がそういう遺伝子あるんじゃないかとかさ。あの時ああだったからじゃないか、こうだったからじゃないかって。


こんな私でも自分を責めたよ。
そりゃ考えれば、いくらでも無理やりこじつけられるからね。

メディアは遺伝がどうとか、こういう条件だとより確立が高まるとか、さらっと報道するけどさ。よくよく調べると、少ないサンプルの結果で、まだまだ仮説に近い話だったり、正反対の結果の研究もあったり。

私は気になる事は、先生(アメリカの有名病院のだよ!)にも聞くんだけど、大抵の場合は、まだまだ誰もわからない話なわけよ。

だから素人の私たちが考え過ぎても無駄だかんね。

きにすんなー。

そんな明るい私でしたが、気になる女の子とお母さんがいました。
次回はその話!


療育が始まって数か月ですかね。いよいよ公共サービスだけでは不安になってきました。ボビー2歳8か月とかそのくらいですかね。前回、私の交友関係の広さを書きましたが(こちら)、内心はこうでした。1.普通のママ友と子供たちに対していいなあ…みんな子供と遊べてるよ ... 続きを読む
療育が始まって数か月ですかね。いよいよ公共サービスだけでは不安になってきました。ボビー2歳8か月とかそのくらいですかね。

前回、私の交友関係の広さを書きましたが(
こちら)、内心はこうでした。

1.普通のママ友と子供たちに対して
いいなあ…みんな子供と遊べてるよ…。あれが普通だよね…まあ、中にはちょっとヤンチャなのとか無口な子、不器用そうなのもいるけどさ。一応、なんか反応あるじゃん。うちはもうレベル違うよね…。泣
みんな言わないけれど、やっぱそう思ってるんだろな。一緒に公園で遊べないもんね、うちだけ…。
ランチタイム、うちだけひどい偏食で食べてくれないし、食べ物グチャグチャにするし…というか一緒に座る事もできないし、他の子の食べ物や飲み物を取ろうとするし…みんなカワイイお弁当持って来て偉いね。うちはパン屋やコンビニおにぎりが精いっぱいだよ。余裕無いよ…きっと怠けた親だ、躾けがなってないと思われてんだろうな…。自閉症の事は隠してはいないけれど、話が噛み合わない…なんか居心地悪いな…。

2.療育ママ友と子供たちに対して
癇癪激しい子に噛まれて、高機能の方のグループに入ったけどさ。
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レベルちげーわ。
うちはやっぱこっちの所属だよな。
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でもこっちに入ったところで、噛まれてトラウマ。
どうすりゃいいんだよ!


3.インターナショナル友に対して
話聞いていると、みんな日本にどのくらいいるかわからないんだよね。私たちもそうだし。
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あれがあったからね。リーマンショック。
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サブプライムとか覚えてる?
私たち、実はこのせいでアメリカに住みづらくなっていたから
東京に来たってのもあったんですよ。
そして予想通りのファイナンシャルクライシス。

当時は「リーマンショック、キター!」って、驚かない感じだったんですけれど、まさか海外組がここまで影響を受けるとは思いませんでした。リーマンショックは2008年の後半でしたが、実際に自国に帰らざるを得ない、他の国に異動になるケースが、2009年、2010年頃にたくさんあったんです。
私たちもいつそうなるかわからない状況でした。なので海外組は、「どうせ一時的な付き合い」お互いそんな間柄でした。


一見リア充でも、中身はこんなもんよ!
心はボッチさ!

でも1人、子育て広場に話が噛み合う人がいました。
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見るからにボビーを上回る状態の女の子のお母さんでした。

完全にゾンビチーム!

子育て広場にもたまにしか来ないんですよ。大変過ぎて来られないって。朝の早めの時間とか、夕方、閉館前の時間くらいに偶然じゃないと会えない人でした。

この女の子はボビーより学年は1つ上で、私たちが通っている発達障害センターの療育にも通っているそうでしたが、曜日や時間が違うようで、そこでは会いませんでした。

そのゾンビ母が言ったのです。

「民間の療育の申し込みを始めたの。」

「え?そんなのがあるの?」
「うん。公共サービス、あれでしょ…。」
「うん。それはわかる。」
「もう公共のは止めて、民間の方に集中しようかと。」
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何それ!リア充~!

次はその話。


オット君と私がどうやってボビーの障がいを受け入れていったかを書いてみます。と言っても、ごく初期段階のことね。「自閉症」ってのがわかった頃の受容の話です。昨日、オット君に「どうだったっけ?」と聞いて話したのをまとめてみます。「子供に障がいがあったらどうする ... 続きを読む
オット君と私がどうやってボビーの障がいを受け入れていったかを書いてみます。と言っても、ごく初期段階のことね。「自閉症」ってのがわかった頃の受容の話です。

昨日、オット君に「どうだったっけ?」と聞いて話したのをまとめてみます。


「子供に障がいがあったらどうする?」という話は私が病院で出生前診断をやるかどうかの書類を貰ってきた時に出ました。
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当時は2007年ですから、今あるような新型の診断では無くて、羊水検査の事でした。多少胎児へのリスクがあるやつです。もちろんオット君と話し合いました。
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そんでやらない事にしました。
今の新型のだったらやったかもな。

ちなみに私たちはどんな結果、判断も尊重してます!

ただ当時の検査環境、そして私たちの場合は「たとえそうでも大丈夫だよね。」という謎の自信があったんです。妊娠は順調でなんの問題も無し。敢えてリスクを取る必要は無いんじゃないか?というのもありました。

検査でどんな障がいも診断できるわけでもないし、人生誰だっていつ障がい者になるかもわからない。そんな話もしました。

まあ結果、検査ではわからない自閉症だったわけですが。

私もオット君も最初からこんな人でした。
2人とも元々真面目にサラリーマンってタイプでも無いし、国際結婚してあっちゃこっちゃ行くようなアドベンチャー野郎だし。未知の物を恐れないタイプっつうんでしょうか?

いい具合にバカなのです!
だからアッサリ受け入れました。
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初期段階よりも、その後の受容の方がきつかった。
発達障がい児の親の場合、将来の予測が立たないじゃないですか?どの程度までの学力になるのか、社会に出られるレベルになるのか、そうでないのか…だから何度も何度も繰り返し悩みます。特に小さいうちは、医師にも先生にも判断できませんからね。


ここが苦しいところでした。

これに関しては、私のこれから書くストーリーに何度も出てくる話題になるでしょう。


今はある程度見通しも立ったので、とても前向きです。
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そりゃボビーは、高校卒業資格も取れないし、不器用だから、できる仕事も限られるでしょう。州の保護下にずっと置かれるでしょう。
でもいいじゃん!
彼は彼なりにハンディキャップがあっても、仕事したり趣味やったりして生きていくんだから。

幸せならいいじゃん!
いや、むしろ勝ち組?笑

日本だと残念ながら、いまだに「税金の無駄」扱いだったりしますが(笑)、

私たちは先進国に住んでいるのですよ!

こういう人を支えるシステムは社会の成熟度の証。むしろ貢献しています。

もちろん本人も家庭も個人で努力していますし、私たちがいる事で、社会はより安心安全で強くなっているのです。米国は少なくともその辺の認識が高く、今まで誰も文句を言わないどころか、みなさん私たちが適切なサービスを受けているか心配してくれます。

私たち保護者は、自らでは主張できない子供のために戦うのが、ほとんど義務のように考えられています。なので制度、法律を勉強し、自治体にも民間にもしっかりと声をあげます。だってそうでなかったら、誰が言うの?
社会もそれを受け入れています。

日本ではこういうのを「モンペ」と言うらしいですね。

英語では権利擁護を"advocacy"(アドボカシー)といいます。私たちは自分たちだけでなく、アドボケートと呼ばれる専門家や弁護士を雇ってバックにつけてます。

そんで私たち自身ですが、なかなか思うように仕事ができなくて、一般的なキャリアは諦めた人生です。
これも苦しかったです。

しかしですね。おかげで夫婦で開き直って無茶苦茶強くなりました!今は2人で零細企業やってます。

次男は今9歳で「お兄ちゃんは治るわけではないんだ。」というのがわかってきたとこです。
私たちは、この子に将来に負担をかけないよう、ちゃんと分けて考えています。法律的にもキッチリ整えている段階です。

これも日本と米国の違いですが、家族であっても自立した成人は、別個。

まだまだ課題はありますが、

みんな!障がい児育児を恐れる事は無いぞ!
これはこれで楽しいぞ!


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自分たちで切り拓いていく!
問題を解決していく!

受容が進むとこんな奴になります。

東京都の区が運営する子育て広場で出会った、うちのボビーを上回る多動っぷりの女の子のお母さん(ゾンビ仲間)によると、民間の発達障害センターがあるとの事でした。(前回のストーリーはこちら!)ついこの前、面接に行ってきたとの事でした。そして良さげだと。親が積極 ... 続きを読む
東京都の区が運営する子育て広場で出会った、うちのボビーを上回る多動っぷりの女の子のお母さん(ゾンビ仲間)によると、民間の発達障害センターがあるとの事でした。(前回のストーリーはこちら!)
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ついこの前、面接に行ってきたとの事でした。そして良さげだと。親が積極的に療育にかかわらないといけないという理念だとの事で、ほぼ毎日通うよう勧められたと言っていました。入会金も月謝も安くは無いようです。

「悩むところだけれど…私、やろうと思っているの。」
「すごいね。場所は?」

「ちょっと遠いんだけれど、夫が車出せそうだから。」
「旦那さんも協力的だね!いいなあ!」

どうやら地元に親族もいて、仕事もどうにか都合がつけられるようでした。ゾンビ母の表情が明るくなり、目に輝きがありました。

賢そうなお母さんだからな…きっと良かったんだろう…。

「私も調べてみる!」
スマホ時代で無いので家に帰って調べました。笑
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そりゃもう藁にもすがる思いですからね。

フムフム…。確かにこれは良さげだわ。
重度にも対応できるっぽいもんね。

このブログではどこだかは書きませんが、ご存知の方はピンとくるんじゃないでしょうか?

家に帰って来たオット君にもすぐに見せました。
というかうちの場合、私が英語で説明しないといけません。オット君の反応は、
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だんだん腹が立ってきました。

なんだよ!ずるいよ!
あんたは会社に行くだけでさ。
なんで私ばっかり!

そう。療育数か月でもう壁にぶち当たりました。
だってこの条件ですもん。

1.オット君はサラリーマン。仕事に行って疲れて帰ってくる人。(残業は少な目だったけど朝早い。)

2.オット君が日本語で療育指導を受けて、日本語で子供を扱えない。

3.赤ん坊がいる。

4.車無い。東京の電車はこれ。
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オット君が「ウーン。」となるのもわからなくもありません。私も「ウーン。」なってたもん。

とりあえずオット君に当たっといた。笑

もう苦しくてね。
どうして良いかわかりませんでした。


全国ABAファンの皆様お待たせしました!アメリカの発達障害療育の王道!ABAの説明をやります!素人なので、間違ってたらどうぞコメントで助けてくださいな。ただし、これでも保護者としてアメリカのPhDのBCBAとも7年ほどガンガン議論してきた人間ですので、時折やや厳しい意 ... 続きを読む
全国ABAファンの皆様お待たせしました!
アメリカの発達障害療育の王道!
ABAの説明をやります!

素人なので、間違ってたらどうぞコメントで助けてくださいな。ただし、これでも保護者としてアメリカのPhDのBCBAとも7年ほどガンガン議論してきた人間ですので、時折やや厳しい意見も出る事をご了承ください!

本気で日本の療育の改革に貢献できたらと考えております!

と、いきなり訳の分からない話をしましたが、今日ちょっとネットで調べた限りでは、まだABAは日本の療育としてはマイナーな方なんですね。

アメリカの王道です。現在は、ご存知の方もたくさんいらっしゃるとは思いますけれど…私が東京にいた2010年では、「は?何それ?」の位置でした。

前回、民間の発達障害センターを調べ始めた話をしましたよね。私たちが「うーん。」となったのは、実はそこが、ABAでは無いとこだったからなんです。

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さて。このABAが何かというのをザックリ説明致しましょう。私がボビーが2歳半の時に「自閉症疑い」の診断を貰ってすぐ調べ上げたのが「早期療育」です。

英語で言う"Early Intervention"です。3歳以下の子に徹底的な週20~40時間の療育を行う事で、その後に大きな違いが出るという科学的データがあるのです…。

もうね…これを知っていたから、私は日本で愕然としたんですよ…。自治体が与える週1時間のグループ療育って何だよと。民間の科学的データが無い療育って何なんだよと。(しかも「絶対良くなる!」的な広告)

でですね。アメリカの早期療育、公立学校でもガンガン使われる手法が、

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という物なんです。すぐに本を取り寄せ、ネットで勉強しまくりました。英語読めると、こういう時お得です。

英語が嫌いなそこの君!
私も英語が嫌いだったけれど、やりたい事やるために英語を学んだクチだ!(工学部だったからな。)
残念ながら、やるしか無いんだよ!

と、全然関係ない話になりましたが、ABAは凄いんですよ。どんな手法かというと、

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というA-B-C'sが理論にあるんです。
わっかりやすーい!

え?わかりにくい?
例としてはこうです。

A(先行条件):夕食前におなかすいた。
B(行動):おやつくれと騒ぐ。
C(結果):うざいから、おやつもらえた。結果夕食食べない。

みたいな問題を分析して対策を考える手法なんです。
ネガティブな方法(怒ったりとか罰を与えたりとか)以外で。ネガティブな方法は副作用もあるからね。
別に発達障害児でなくてもいいんです。大人にも、アスリートのトレーニングにも、動物にも、あなたの上司にも(フフフ)使えてしまう手法なのです。

スゲーだろ!
もちろん夫婦関係にも使えるぜ!

どうだ…みんなABAやりたくなってきただろ…。

上のABCの例を見たら、まあ普通の大人は、阻止する方法を色々思いつくでしょ?そう。つまり実はあなたはもうABAをナチュラルにやっているとも言えるのです。

皆さんは何を思いつきましたか?

でも現実には、この辺の実行計画と加減は難しいんです。その子のタイプ、家庭の条件にもよりますしね。

だからこそ、その道で大学、大学院で勉強し、資格を得て経験をつんだセラピストが集中的に週何十時間も療育する環境が本来ならば望ましいのです。アメリカの自治体だと、そういうのが提供されます。

これが日本ではちょっと遅れ気味なんです。

セラピストの技量は優れているのですよ!
システム的なとこね。
これが問題。

そして私がコミュニケーション能力によってギャップがあると言ったのも、この辺の話なんです。(その記事はこちら)プロがやったからって一筋縄でいく話じゃあ無いんです。

それでもね。ABAはもの凄い実績があるんですよ。90年代後半くらいからかな。アメリカでは、科学的実証も資格もシステムも整い始め、今では王道となっていると。

そこで、オット君と東京にあるABAセラピストをあたり始めました。一つ条件であったのは、「アメリカの有資格者で英語が話せる事」でした。

…ハイ無理~!

ボビーが2歳半の頃から、あちこちに電話しましたが、繋がらないか、email出しても返事無いか、通じても家まで来てもらえそうに無いか、高額過ぎるか…そんなでした。
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なので、私ができるだけ理論に従った方法を取るようにはしていました。

続き



しばらくABAの説明の方で脱線していましたが、東京療育の話に戻ります。そう当時の私たちはまだ「ボビーは普通に喋るようになる」設定でした。これを「受容ができていないから」と捉える事もできますが、「本当にそうなると思っていたから」とも言えます。これは発達障害の子 ... 続きを読む
しばらくABAの説明の方で脱線していましたが、東京療育の話に戻ります。
そう当時の私たちはまだ「ボビーは普通に喋るようになる」設定でした。これを「受容ができていないから」と捉える事もできますが、「本当にそうなると思っていたから」とも言えます。

これは発達障害の子を持つ親の特有の悩みです。

とにかくどうなるかわからない。
そして、私たちは米国の情報を元に、

「今すぐABAをやらねば!」

という焦りがありました。これは間違ってはいないんです。一般的に療育は早期の方がいいですからね。Saltbox_0013_8
しかしあてはありませんでした。
今はこの9年前の状況と較べると、だいぶ良くなりましたね!皆さん恵まれていますよ!

私たちは焦り始めました。
とりあえず私は、ABAの本やネットで基本的なアプローチの仕方を学び、行動や発語を促すように心掛けていました。クレーン現象がある子だったので(今もまだたまにある。笑)、わざと高いところに欲しいもの(基本おやつ)を置いて、手を引っ張るだけじゃ貰えないようにしたりしていました。

その際に、PECS(Picture Exchange Communication System)の絵カードをネットで検索してプリントしたり、
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自分で絵を描いたりして、言葉と絵が一致するように努力はしていました。音声は発する事ができる子でしたが、意味がある使い方ができませんでしたので、絵カードを渡せるようにしようとしたんです。


しかし、なかなかうまくいきませんでした。11歳になった今でもそうなんですが、手に何かを持つことを好まない子なんですよね。特にカードやパズルは苦手で、すぐにポイっと投げてしまう傾向があるんです。

これは本格的にこっちの病院で後に検査をしているのでそのうち別で将来書きます。(9年間にもう書く事あり過ぎで。w)

なので当時も私が手に持って見せる感じでしたかね。一応、日本語と英語と両方でやっていました。

当時は全然進展が見られなくて、「私は何をやっているんだろう?」状態でしたが地道にやってました。私にちゃんと意思を見せないと、簡単に要求を通さないようにはしていました。何らかの形で意思を知らせたら、要求を通す。その際には絵カードを使ったり、私が単語を言う。「ごはん」とか。ABAって言ってもそのくらいの感じだったかな。だって他にどうしようもないんだもん。

その時はほとんど出なかった言語ですが、なんとこっちに来てから出てきました。「たべる」とか「ごはん」とか、日本語が。日本語を使わない環境で!
という事は、学んだ言葉が出てくるまでに相当時間差があるってことよね。


だから言ったでしょ~。
気長にやらないといけないのよ!
(その記事はここ

こっちの先生に「日本語の質問が時々出てくる」って言われてた時、「たべる~?」と私の口調で言ったのを聞いて笑いました。音声模倣が出てくるまでに3年かかった!この子、ホントこういうの多いの。出てくるまでに年単位かかるの。言語だけじゃなくて行動も。

今だから笑い話ですが、当時の私はまた泣きながら、保健所の看護師に相談に行きました。

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どうしたらいいんすか?と。

区の発達障害センターでのこと、子育て広場は幼稚園選びで盛り上がっている中、自分はもうそれどころじゃ無い事、オット君はサラリーマンで時間が無いうえに、日本語できなくて、システムもよく解ってない事、次男がまだ赤ちゃんで、私自身も身動きが取れない事、そして同じような状態のお母さんは民間療育を考えている事、一通り説明しました。

それはもう、何をどっから手をつけて良いのやらで、盛沢山でしたが、保健師さんはある提案をしてくれました。

次回に続く!


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今日はネットで調べて、2012年に児童福祉法の改正があり、それ以来、未就学児の発達支援が少し改善されたのを知りました。しかし私がいた当時は2010年…。泣きながら言った保健所で紹介されたのは、「児童デイサービス」というところでした。場所を聞くと、家から徒 ... 続きを読む
今日はネットで調べて、2012年に児童福祉法の改正があり、それ以来、未就学児の発達支援が少し改善されたのを知りました。

しかし私がいた当時は2010年…。

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泣きながら言った保健所で紹介されたのは、
「児童デイサービス」
というところでした。場所を聞くと、家から徒歩でいける距離ではありませんでした。
そうなんです。東京って言っても、郊外は案外不便ですからね。「そうなるとママチャリか…。」と思いましたが、ハイハイ始まった0歳児を背負い、全然安定感の無い自閉症児を乗せて、果たして20分も行けるのか?
雨や雪もあるだろうし…ちょっと無茶あるよな…。

そこでスケジュールを聞くと、午前だけ、実質2時間程度のサービスと。確か「発達障害」に特化したものではなかったです。悪くは無さそうだけれど2時間のためにこれはきつすぎる。家に帰ってる暇がないよね…0歳児にも過酷だろう。

そこで他に方法が無いか聞くと、提案されました。
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実は、保育園には「障がい児枠」があるんですよ、と。
ボビー君の場合は、「加配」がつけられる可能性が高いです、と。

え?保育園…入れる可能性あるんですか!?
考えてもみませんでした!


そりゃそうです。
待機児童数がかなり多かった年です。今も多いとは思いますが、施設数が今よりずっと少ないうえに、私は団塊ジュニアですからね。
ここでもまた人口ピークで絶望的でした。


もう私たちいっつもこれよね!笑

頭の中には様々な事が渦巻いていました。
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でも、ボビーの要素が大きすぎて、何も手を付けられず…目の前の事をこなすのに精一杯で、将来は考えられませんでした。

子育て広場では、みんな幼稚園や保育園の話題で持ちきり。
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自分たちはどうなるんだろう…こんなんじゃ幼稚園はたぶん入学できないし…保育園はどこも一杯だし…。
このままどこにも行けないのかな…そう思っていました。

そこに飛び込んできた「障がい児枠」情報!

ダメ元で4か所に申し込みました。
これが2010年の終わりの方だったと思います。


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つづく



子育ての中でよく言われますよね。子供の成長は一人ひとり違うんだから~。比較しても仕方が無いよ~。いやするわ!しないでどうやって目標立てたり、問題点見つけたりするのさ!そりゃ成長に個人差もあるし、個性もあるのはわかるけどね。特に発達が気になる子だったら、そ ... 続きを読む
子育ての中でよく言われますよね。

子供の成長は一人ひとり違うんだから~。
比較しても仕方が無いよ~。

いやするわ!

しないでどうやって目標立てたり、問題点見つけたりするのさ!

そりゃ成長に個人差もあるし、個性もあるのはわかるけどね。特に発達が気になる子だったら、そりゃ比較するでしょが。

というわけで、皆さんもちょっと気になるでしょ?
大きくなって、結構大変で、寮にまで入る事になったボビーが小さい時どんなだったか。

今日はその話です。2歳の頃ね。
実はそれほど自閉症っぽくなかったんです。いや症状は典型的ですけれどね。全く目を合わせない子でも無かったし、何かに特別に過敏だとか、かんしゃくを頻繁に起こすとか、すぐ泣くとかそういうのでも無かったし、人を叩いたりとかそういう攻撃性も無い。


当時気になったのは、他の子に興味無かったり、普通の幼児が遊ぶようなおもちゃや絵本や番組にほとんど興味を示さなかったり、人が集まっているところから逃げ出したり、そういうところでした。

今でも基本このままです。だいぶ自制ができるようにはなってはきましたけれど。

ただ、赤ちゃんや幼児の泣き声は相当嫌いですね。
発達障害で苦手な人にとってかなりの「不快音」らしいですね。もちろん赤ちゃんの泣き声って、普通の大人でも辛いじゃないですか?そういうレベルじゃないらしいです。

なので、乳児のいる環境でそれが大変でした。
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これで療育とか、もう難易度高すぎで。
だから「子育て広場」に毎日のように通っていたんです。私が赤ちゃんがいるグループのところにいる間に、保育士さんがボビーを相手してくれたんです。

やっぱり、こういう子だから、できるだけ人とのやり取りを増やしてあげないといけないと思って。

我ながらよく考えた!あれは効果あったと思うよ!
ありがとう保育士さんたち!

言語能力に関しては、物の名前は案外知っているようでしたが、指差しをして「わんわん!」とか言う子では無く、どの程度理解しているのか、よくわかりませんでした。

次男は普通の発達をしたので、全く違う状態だったと後で振り返ってわかりました。指さしは全く無し、要求するときはほぼ全てクレーン現象。逆さバイバイはずっとなおらず。

しかし「
ややき」「りらっぱり」のような、喃語とはまた違う、ハッキリした表現がありました。
英語では、「neologism」「idiosyncratic language」とか呼ばれるらしく、自閉症や知的障がいのある人に見られる現象のようですが、あまり情報が無くて。(詳しい方教えてください。)

今でも、ゴニョゴニョ何か言っていてもよくわからないことがよくあるんです。日本語でも英語でもないものかもしれない…。(ちなみに日本語はほとんど喋れないです。)

次男マイキーの後追いが始まると、家でボビーを見るのがますます困難になりました。
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昨日の泣きながら保育園に申し込みをしたという話は、この頃の事です。(その記事はココ

もうマイキーが近づくだけで逃げるんですよ。
これも今でも同じです。
小学校1年生くらいまで、マイキーはボビーに
「ベイビー」呼ばれ、恐れられていました。笑

だからホームABAセラピーも困難だったんです。

そんでスタコラ逃げて何やってんのかというと、
よく布団に挟まっていました。
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座布団の下で寝てたり。

それで更に不思議なのは、2歳台で「あいうえお」「アルファベット(大文字、小文字)」「1~100」まで読めてました。

おかしくない?

こんな子なのに。

よく子供向けの表があるでしょ?あんなのとか、本についている表とかね。私の手をクレーンで持って指ささせるの。だから読んであげていたら、もう何回も何回もやらされてね。全部覚えた。

これも自閉症の典型症状と言えばそうなんだけれど、ハッキリ発音して、文字と言葉が一致しているわけじゃない?

今もあまり喋らないけれど、例えばフラッシュカードで見せると、小学校1年生程度あるんじゃないか?って語彙力ある。知能テストすると0歳になるけど。笑

だから、ボビーの知能や知識が、埋もれてしまって出てこないだけじゃないか説が、今でも拭えないのよね。

発達障害で無くてもさ。言葉がちょっと遅い子が、溜め込んで溜め込んで後で溢れ出したかのように出てきた!なんての聞きません?

あれのものすごいバージョンの気もしないでもない。

今は、本当に能力を引き出すために、様々な表現力を増やすために、トレーニングしてくれる学校にいるので、少し期待しています。

でもね。
ミラクルは無いって思ってる。

ボビーが2歳の頃の話、参考になりましたでしょうか?
お気軽にコメントくださいね。


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