今日は、ボビーの学校と話すために、自分の学習と考察を兼ねた記事を書いてみます。


昨日のコメントにも書きましたが、

ボビーに関しては、公立学校のABAベースの教育では「有効的な進展が見られなかった」というのが、6年に渡るデータに基づいて結論出されております。法的な事実です。

なので、すでにできる事は全部やっていると思っていてください。

面白い事に、ボビーの学校の子の保護者、ほぼみんな同じ経験をしてきています。ウィル君もです。

ABA(応用行動分析)を批判しているわけではありません。まぎれもなくABAは物事を学ぶのに便利な方法ですから。早期療育で一番最初にやるべきことです。

ただ重度側の子たちの多くがどういうわけか効果が薄い。効果が無いわけじゃないんですよ。効果が薄い。

これは無視できない事実です。

先生のせいじゃない。
親のせいでもない。
もの凄い工夫して頑張ってきた人ばっかだからね。


ぶっちゃけ障害の重さの問題なんだわ。

しかし改善できる部分はある。
そして原因は探求するべきだと思うんです。メガネで見えるようになる人もいれば、それ以上の支援や治療が必要な人もいる。障害の程度や原因を無視するわけにはいきません。

ただ自閉症の場合は、それが複雑で何が何だか…。

私は単なる母親なので、ボビーに関してしか知りませんが、記憶能力の問題は大きいのはわかります。

だってすぐ忘れちゃう。w

何度教えてもなかなか身に付かない。
多動で集中力が無い。こっちが声掛けしたり、動作を手伝ってあげないと動けない。自主的に動けない。
Saltbox_0051_1
短期記憶、ワーキングメモリーが弱い。
目の前の事にしか反応しない。

今はカナーとかアスペルガーとかいう表現じゃなくて、自閉症スペクトラム障害という表現だけれど、なんだかんだスペクトラム内の能力や性質差は大きくてさ。

みんなそこ無視しちゃいかん。マジで。


ウィキペディアに自閉症と記憶についてのまとめがあったので読んでみているけれど、


やはり高機能と中低機能の自閉症者では、記憶の種類いによって差がある模様。

これなんだよね。

同じ手法で療育しても、ビジュアル化しても、カード使っても、一方は前進がより見られるのに、一方は遅々としている。

そして人口の低い重度側は放置され気味。

辛いんよ。

ちょっと面白いのを見つけた。

この記事によると、



自閉症の人たちの多くは、d
eclarative memory(宣言的記憶)を代わりに使っていると。

要するに事実や過去の経験から得た言動を当てはめながら生活している。有名な自閉症者のテンプル・グランディン氏が言うには、成長につれて演技が上手くなると。

これが使えている方がいわゆる高機能に見えるわけ。高機能の人の方が上手とも言える。

これはボビーの学校の生徒たちの成長過程にも確かに一致している。高校生以上の生徒は、明らかに指示に従ってよく動けるようになってはいる。

経験豊富な先生方が「いつかできるようになりますから。」と言うのもわかる。

しかしこうやって、生活パターンが長期記憶として焼き付くまで、長い期間繰り返し経験をさせるしかないのか?

比較的問題の無い記憶能力部分をうまく使って、より効率よく理解させる方法は無いのだろうか?

物事を単なるパターンでないレベルで理解させる事もできるんじゃないだろうか?

東田直樹さんも、時間の概念が難しいという話をしている。

彼の感覚は、上のウィキペディアのautobiographical memory(自伝的記憶)の記述とも一致する。

こういう傾向が強い人達に、私たちと同じ概念のスケジュールを教えるのではなく、彼らが理解しやすい何らかの方法があるのではないか?

たとえばビジュアル化も、よくあるような絵柄や表では無い手法があるんじゃないだろうか?

ディズニー映画のセリフ丸覚えで喋れるようになった子いたじゃない?Life, Animated。

これ本で読んだけれど、この親も周りの理解を得るまでだいぶ苦労してるんだよね…。

それとか言葉を失った人が、歌で取り戻したりさ。
ああいう感じで。

ボビーは歌は歌えるんだよ。喋れないのに。

不思議だよね。脳みそ。


今日はそんなことを考えてた。

にほんブログ村 子育てブログ 自閉症児育児へ