東田さんに関してもうちょっと書くことにしました。

どう考えても超人なんでね。気になるんです。


そしてやっと母親が隣にいる時にタイピングしている映像も観ました。4月に上映される映画「僕が跳びはねる理由」を作った英国人のJerry Rothwellさんのサイトに英語ナレーションのリンクがありました。

昨日の記事にも追加で書きましたが、東京都はこの映画を児童に推奨しました。

これは英国の映画で、東田さんの本を元に子役や他の自閉症者が出演するもので、ご本人が出ているわけでは無いようです。しかし予告を見ると、ファシリテイテッド・コミュニケーション(FC)を奨励するような内容のようです。

もう一度申し上げますが、ファシリテイテッド・コミュニケーションは、言葉の出ない障がい者が性的被害にあったり、言葉の出ない障がい者の身内が、言葉を操っている介助者のせいで虐待を疑われたりという、悲惨な事件が何度も起きているという大変問題のある「技法」です。科学的根拠は無く、疑似科学に分類されています。米国の医師や科学者、言語聴覚の専門家、科学的根拠に基づいたセラピスト団体は、何度も何度も警告をしています。


以前にも申し上げましたが、本当はある障がいを「無い」事にしてしまうわけですから、危険なだけでなく、本来やるべき教育や治療がなされなくなるリスクもあります。

それなのに世間や主要メディアが感動ストーリーとして持ち上げてしまっている状態なのです。

もしかしたら、世間は「きれいごと」にして、本当にある障がいを見てみないフリする方向にしていませんか?

中身は普通の人なんだから親と本人が頑張れば問題ないって事にしたいんじゃないですか?
私は懸念しています。


それで何だかよくわからない方法だけど「話せる」人を持ちあげてしまう。
医師や教育者に従って努力しても話せない人が悪い。親が悪い。やり方が悪い。医者や学校の指示に従わず、あの何だかよくわからない方法をやればよかったのに。
下手すると、そういう話になっちゃうんですよ。コレ。

NHK 感動しといて 相模原


そもそも言葉が話せて高機能でも自分の気持ちを伝えられなかったりするのが自閉症ですからね。
こっちが大多数です。


と前置きが長くなりましたが、東田さんに関しては、
本物だったら凄い!秘密が知りたい!
って、本当に思っています。なので疑問が止まらない。

長くなります。

NHK「自閉症の君が教えてくれたこと」で、いつもの通り、お母さんがかなり近い距離に座り、タイピングを凝視しているシーンの中で、急に直樹さんが真剣な内容の文章の途中で手を止めて「3月!サブウェイ!」と言い出します。すると、お母さんが「3月になったね。また行こうね。」と笑いながら答えます。

直樹さんによると、こういった言葉は単なる「道具」だと。
ここがわかりません。

ところが母親は「来週、来週。来週行きましょう。」と、話し言葉がわからない人に話すようなかみ砕いた感じで答え、膝をポンポン。

お母さん…彼は中身は普通の大人なんだよねえ。

同じにしか見えない。
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私は自閉症はどうたらの文章より、こういう会話を普通にタイプしないのかとそこが気になりました。

取材班は疑問に思わないんですかね?

あと、FCマニアの私の失礼をお許し頂きたいのですが、「ちゃんとしなさ~い」と突然言う時に、一瞬母親の右手がテーブルの上にあるのが見えます。珍しく出ている時もあるんだなと思いました。

考えてみると、いつもタイプしているのはテーブルの前で、講演や取材の写真も足元がテーブルで隠れていて全体像が見えなかったり、お母さんが写真から切れていたりするんですよ。偶然とは思いますが私としては気になります。というのも、腿に触れるFCでタイプできる方はいらっしゃるんでね。

ぜひこういった変な疑いを持たれないよう、ノウハウを教えて欲しいものです。

話せない自閉症の親子たちのために。


取材の方もいつもテーブルの向いに座るのではなく、全体をカメラで映して欲しいです。後ろからとか横からとか。姿勢や親との距離、環境情報も大事です。
手元や目元、画面ばかりではわかりません。

ちなみに自閉症はMRIで診断するものではありません。


ここに書いてありますが、定型と較べて分けられるほどじゃないんですよ。統計で見ると傾向があるという程度で。もし本当にそこまで脳の発達が特殊なら「自閉症者は」と一般化できないように思います。

完全な第三者を使い、用意されていない、母親が知りえない事柄に答えられるのか。FCから始めた方は証明が必要です。


東田さんは子供時代に文字を書くことを習得されていますよね。

NHKハートネットのフェイスブック動画の3:30くらいのところで、非常に達筆な文章をスラスラと書く様子が見られます。
https://fb.watch/3Kmk6qUKiQ/

ビックリしました!
凄い能力です!

しかしなぜこれで一般の人たちと筆談しないのでしょうか?今なんかLCDの電子メモもありますし、あれを持って筆談したら、誰とでも話せるように思えるのですが。

それは難しいのでしょうか?

私とボビーが遠回りしてしまわないためにも知りたいです。

私はコミュニケーションはできるだけ簡易性、汎用性、即時性がある方がいいと思うんですよ。だから普通は発語が一般的なわけです。手話とかね。自筆でここまで自分の気持ちを素早く書けるなら、筆談でかなり代用できるんじゃないかと。

そういえば、絵もお描きになるんですよね。

素敵な絵です。カドブンのエッセイで見られます。
このエッセイでは「である」調の文体にされたようで、世間一般のお話もされています。当時は25歳だったようですね。年齢以上に知的な青年の印象です。



体のコントロールが難しいというお話ですが、絵をこれだけ描かれるというのは、自分の意思で微細な動きを制御できるということです。

高校生の時の文書によると、介助が無いと頭が真っ白になるので、介助を少しずつ減らすことでタイピングを習得したとのことですが、絵や書字はどうなのでしょうか?

正直、わけがわからなくなりました。

絵本のイラストがストーリーに合わせたものであるのなら、それは知的な内面を表したイラストなわけですから、その能力で言いたい事を、イラストで表現することも可能なわけですよね。署名もされていますから、書字で内面を表すこともできるということですよね。
そこまでできてもタイピングの時に真っ白になって、文字から思い起こさないといけない。

何の能力で何ができるのかがよくわかりません。

同じ年のブログも拝見しました。


カドブンの方は鋭さが光り、こちらは内容も口調も柔らかいトーンです。

一方、絵はカラフルでポップでかわいらしいです。こちらはアンパンマンが好きな直樹さんの一面に通じるような気がします。


キャラが豊富。使い分けているのですね。


もっと東田さんの事を知りたいと検索すると、ヒルズ・ライフデイリーというサイトに取材記がありました。

こちらの編集後記に、取材の様子が書かれています。



これボビーじゃん!笑
ごめんなさい。同じ過ぎて笑ってしまいました。
エレベーターのドア好きだよね。うん。

なんと彼によると、


あの行動には時間の概念を教えてくれるという深い意味があるそうです!

ええええええええええええ!!!

で、でもボビーはエレベーターのドアを強引に自分の手で閉めようとするんですけど…。

あれは、時間よ止まれー!みたいな?

…大変なんですよ。色んなものを強引に閉めたがるOCDのこだわりで。ノーパソもバシーン!って閉じられるんだ…正直、時間関係ないかも…。

小さい頃からずーっと医者と相談しながらABAもやって、構造化された寮生活でトレーニングされて、やっとここ最近はだいぶやらなくなってきて助かっています。

でも彼には「生きていると思えるひと時」らしいんです。

そ、そうだったのか…。

うちは最近は冷蔵庫開けっ放しに困っています。

そうか…「人生の解放感」とかかもしれないのか…。

え?

よし。まとめます!

A. サブウェイ!と発語で要求する東田さん
B. お母さんの横で自閉症エッセイをタイプする東田さん
C. ちゃんとしなさ~い!と突然言う東田さん
D. かわいらしいイラストも描ける東田さん
E. 達筆で自閉症の悲しみを書く東田さん
F. 鋭い投稿のカドブンの東田さん
G. アンパンマンを観る東田さん
H. そのことをほんわかブログに書く東田さん

I. 外ではワイルドな東田さん
J. ヒルズ族に素敵なひと時を与える東田さん


私はね。ACDGIはセットだと思うんです。
BEFHJは文豪。

で。BEJは時間をかけて書く文書の時。ひらがなが多めのHとポエムはカジュアル型。そしてFは急に鋭い。

本当に自分の意思なのかどうか、これがわからない。
常に母親が隣にいるから。手が離れていても影響与えられる人もいるから。ここが残念。


まあ一つ言える事はあります。

会話できない自閉症者が見た目より頭いいのは間違いないです!


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