今朝、ビックリしました。
とんでもない事になっています。
私は早速コメントを残しました。

どうしてこれが危険なのかというのが、文部科学省も理解できていないようです。

なのでまとめます。

1.ファシリテイテッド・コミュニケーション(FC)は、介助者が会話ができない障害者の体の一部(腕、肩、背中、脚など)に触れたり、何らかのキュー(ヒント)を与える事で、障害者に文字盤やキーボードを押させたり、筆談、指談などをさせる行為です。

2.FCは60年代にデンマークで始まり、70年代にはオーストラリアで流行り、その後、ダグラス・ビクレン(Douglas Biklen)氏によって米国に持ち込まれました。

日本語の情報が少ないので、わかりやすく書きます。

90年代、米国ではFCにより事件が起き始めました。
障害のある高校生がFCを通して、自身の親が性的虐待をしていると訴えたのです。それにより両親と子供が引き離されるところまで行きました。

そこで、コミュニケーション開発スペシャリストのハワード・シェーン氏が当時のFCの介助者(ファシリテーター)であったジャニス・ボイントン氏(Janyce Boynton)をテストしたのです。結果FCは介助者の声であることが判明しました。ここからFCに対し、大変な議論が巻き起こりました。

現在、ボイントン氏は率先してFCの危険性を伝える活動をされております。その話がこれです。

ボイントン氏によると、当時は本当に障害者の声であると自身も信じていたそうです。「ビリーフ・システム」つまり信仰のようなものであったと言っています。

その後も、FCの周辺で同じような事件が繰り返し起きています。調べると怖くなります。

3.東田直樹氏と母親の美紀氏は、過去に上記のダグラス・ビクレン氏と講演をしております。
こちらが書籍「自閉症の僕が跳びはねる理由」の出版社でもあるエスコアール社のサイトにある情報です。


また、ダグラス・ビクレン氏がプロデュースしたFC映画「Wretches & Jabberers」にも出演されております。


そしてこちらの資料の6ページ目によりますと、過去の出版物に付属していたDVDに脚に触れる方法でタイプをしていた映像がある模様です。

広島大学 学術情報リポジトリ、特別支援教育実践センター研究紀要 第15号,11-22,2017
Facilitated Communication (FC)と表出援助法の比較研究―― 肢体不自由,重複障害のある児童生徒への効果を求めて ――

pdfリンクはこちらになります。
https://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/files/public/4/42877/20170427112306739206/CSNERP_15_11.pdf

東田直樹氏には責任は全くありません。

しかし彼を取り巻く環境がFCと深い関係にあることは事実です。実際にこれが彼の声であるのかというのは、専門家の間でも議論になっている模様です。


4.こちらが上記のボイントン氏も参加しているFC反対団体のサイトになります。

有用な情報が良くまとめられております。
こちらがFCに対し反対する声明を出している世界の団体のリストです。

日本の団体も加わることを願っています。

5.ブログ記事で何度も繰り返していますが、問題点はここにあります。
  • FCを肯定するという事は、現実にある障害を無視する事になります。コミュニケーション障害や知的障害、また体のコントロールに関する障害は、現実としてあるわけです。ほとんどの家庭では、本人も家族もそれを受容し、地道な療育、教育、医療サービスを受けながら、自立に向かっています。専門家は科学的根拠のある手法を模索し、社会はより良い福祉サービスを提供する努力をしています。ところがFCを使われる方の多くはそれと反対の方向に行ってしまうのです。介助者の声を使って授業を受け、介助者ありきで自立しない状況を作ってしまうのです。これは文部科学省が推奨するものでしょうか?
  • こういった綺麗事、感動ストーリーが持てはやされるというのは、社会が障害を受容できていないという事です。障害と向き合うのは簡単な事ではありません。見たくない現実だらけでしょう。しかしながら、誰しも障害者になる可能性はあります。それを支える社会システムができる事で、より質の高い生活ができるわけです。ここから目を背け、家族の介護ありき、介助ありき。障害者自身が努力すればいい。保護者が付きっ切りで頑張ればいい。ほら障害者は自分でしゃべっているじゃないか、FCでも嘘でもなんでもいいじゃないか、という方向に行く恐ろしさが見えますでしょうか?障害を受容できずにFCを使って、一般的な療育を与えなかった人を「良い親」としているのです。
  • また介助者の想像で吹き込まれた声を「本物の自閉症者の感覚」と一般に勘違いされている恐ろしさがわかりますでしょうか?これは障害者が不快感や危険を自分の声で訴えても「ランダムに発してしまう無意味な声で、文字盤が本物の声」と言われてしまう可能性があるのです。文部科学省はこの危険性についてどう思われているのでしょうか?
  • 海外ではFCは数多く検証され、疑似科学であると明確に判明しており、最近流行りの文字盤を手で持つタイプのFCであるRPM(Rapid Prompt Method)、S2C(Spelling to Communicate)などもエビデンスが無い事が、専門家に証明されており、ニュース記事などにもなっております。
おかげでFCが危険な疑似科学であるという認識は教師やセラピストはもちろん、一般にもそれなりに広まっております。しかしながら、本人の声であるか検証されていない本を元にしたFC肯定映画が世界に広まる事で、間違った認識が巻き戻ってもいます。


日本ではFCに関する検証や文献が非常に少なく、また日本語に訳された情報も限られております。私は単なる会話ができない自閉症児の母親ですが、こうやってブログを通して日本語で情報を提供しております。
日本の専門家の皆さんが公式な声明や検証を出せば、学校や施設でも議論がしやすくなるでしょう。
文部科学省にはそのサポートをどうかお願いいたします。
  • 最近のFCのサポーターの中には、FCを「インクルーシブ教育」や「ニューロダイバーシティ」に紛れ込まそうという動きがあります。私はここを一番懸念しています。FCをAAC(Augmentative and Alternative Communication/代替コミュニケーション) であるかのように主張する方もいるのです。FCは介助者が操っているだけであるにも関わらずです。本物のAACは介助者無しでコミュニケーションをとるための方法です。声での会話ができず、正式なAACやタイピングを使い自立してインクルージョンやニューロダイバーシティに組み込まれる方と、FCを混同してはいけません。


付け加えますと、実はインクルージョンやニューロ・ダイバーシティ自体に対する批判や議論もあります。このページの最後の項目にあります。


私も記事にまとめました。結局はこれも障害の程度によって受け入れ方に差がつけられているに過ぎないという面があるのです。

FCを使う側が受け入れられ、そうでない重度障害者がさらに疎外されてしまう可能性もあり、ここも慎重になるべき部分です。

以上の点から、文部科学省をはじめ、各種メディア、教育関係者、医療関係者は、FCの取り扱いに慎重になっていただきたいと願っております。

また、このブログの読者でFC反対に賛同される方は、ぜひご協力をお願いいたします。
こちらにお問い合わせ先が出ております。

下にお問い合わせフォームもあります。

小さな声、意見でも、伝える事に意義があると考えております。

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