前回の記事で、「ヘレンケラーですな。」というコメントを頂きました。


ヘレン・ケラーは19か月の時の病気で視聴覚を失い、盲学校出身のアン・サリバン先生に出会う6歳9か月までは、めちゃめちゃ問題行動だらけの子だったが、人形や水を通して「物には名前がある」と言語の存在を認知した後、急速に言語を学び、後に偉人となる有名な話です。

ヘレン・ケラーは自閉症でも知的障害者でも無いですが、言語の存在を知るまでは知的障害者のような行動をしていました。彼女が言語によって得たものは何だったのだろうか?

昨日はそれを調べていました。

言語が先なのか、思考が先なのか。

言語で無い思考はもちろんあります。
自閉症者は視覚優位の思考だって言われていますよね。だから視覚支援を使います。日常生活のある程度パターン化された行動なら、ABAと視覚支援のコンボで覚えさせる事ができます。ところがね。

話せない重度自閉症者の場合、どうも応用が効かない事が多いんですよ。


何かが欠けている。

例えば、6歳のヘレン・ケラーよりも単語を知っているわけです。ボビー氏は。
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でも、
It's going to spill! (こぼれるよ!)
って言っても通じません。
You're going to spill the water!(水こぼすよ!)
と具体的に言っても通じません。
The water is going to spill from the cup.(水がコップからこぼれます。)
と事象を丁寧に言っても通じません。
Stop!
なら通じますが、なんでなのかは理解していません。


視覚支援で手順を教える事は助けにはなります。
でも現実的には何十回もこぼして、拭かせて、面倒くさいことやらせて、やっとこぼさなくなるんです。もちろん同時に言葉も教えてはいますが、センテンスを理解しているわけでは無く、単語と私たちのちょっとした仕草や視線のプロンプトから予測してやるので、トンチンカンな行動もよくするんです。それが、私たちがやっている3語文トレーニングで見られている現象です。(そしてそれを教えようとしている。)


体で覚えた事に関しては表面上は「解っている」風に見えます。ところがこれを般化させて、いつでもどこでも、ちょっと違う条件でもできるようになるかというと、そこに至るまでには、また膨大な経験とトレーニングが必要になります。

知性はあるのに、なぜかできない現象はこれです。


ところが言語があると違ってきます。
物事の前後関係や意図が理解できるようになる。
言語が思考を生む。そして知性と行動が結びついてくる。

つまり、
言語が先ってこと?
結局は、ヘレン・ケラーでファイナルアンサー?

いや…これだけでは説明が足りない…。
ボビーと私たちとの違いは何なのか…。

そして調べているうちに興味深い記事を読みました。

THE SECRET LIFE OF LANGUAGE: A WORLD WITHOUT WORDS
https://tuftsobserver.org/secret-life-of-language-2/

タフツ大学のニュースマガジンです。

タフツ大学ってそれこそサリバン先生とヘレン・ケラーが行ったパーキンス盲学校と目と鼻の先にある大学です。ちなみにボストン郊外なので地元です。

で。何が書いてあるのかと言うと、脳卒中で言語をつかさどる左脳の機能を失った脳科学者と言語を得る前のヘレン・ケラーの共通点について。それは…

自己が無い。

上の記事からの引用:

Interestingly, Taylor shares Keller’s idea that gaining language gave her a sense of identity. Her experience without language, she said, was one of the times that she felt most connected to the rest of the natural world and least isolated within her own consciousness.

“Language is an ongoing information processing,” Taylor explained, relating the loss of words to a sudden feeling of connection to the rest of the world. “It’s that constant reminder: I am, this is my name, this is all the data related to me, these are my likes and my dislikes, these are my beliefs, I am an individual… I’m separate from you.”

Keller also drew a link between the isolation of consciousness and her discovery of language. “When I learned the meaning of ‘I’ and ‘me’ and found that I was something, I began to think,” she wrote. “Then consciousness first existed for me.”

これだわ。

ボビーのわけのわからなさ。そりゃ自己が無ければ、他者との関係も「どうして」も理解できないわな。

これが日本語でその脳卒中を克服した脳科学者の話を書いた記事です。私はビデオも観ましたが、めちゃくちゃ面白いですよ。



脳卒中で言語が解らなくなると同時に、自分の体の感覚とか位置も解らなくなっていくみたいなんです。起きている事が何がなんだかわからなくなる。だけれども逆に自然と結びついて、やたら幸せな気持ちにもなっていると。

自閉症者にありがちな、こういうのとか、
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逆さバイバイとかクレーン現象とか、オウム返しとか。自然の中でフワフワしたように動きまわる感じとか。

ヘレン・ケラーは言語を得た事で「自己」を発見したのです。だから彼女はサリバン先生に出会った日を、
「私の魂の誕生日」
と呼ぶわけです。


自閉症者はよく自己中と勘違いされますが、その逆ってことです。
自己意識が低くて「他人に気を遣う」という発想にならないから、結果としてそう見える。

実は尊い人達じゃん。笑
悟ってるじゃん。

では自己認知をさせるのに何が有効なのか?

実は小さい頃から随分とこれも試したんですよ。
鏡はもちろん、ABAセラピストたちと本人と家族の写真を使って名前を教え、ボビーに私たちの肩を叩いて呼んで振り向かせる訓練を何か月もしてね。

でもどういうわけか、いまだに自発的にはやらないんですよね。

あ!でもこの前一つブレークスルーがありました!

オット君に"Get the Nerds."って要求した。


Nerdsはおやつね。
これは今までに無かった。
人に指示した。
しかも自分で文章作った。

Open the door.とかの指示フレーズは前からあったけれど、そういうパターン化したのじゃないのが出て来た。

あとね。
"It's locked."ってのもあったのよ。
ドアの事じゃないの。
袋を開けられなかった時に、袋を見せて言ったの。
これがどうして凄いのかと言うと、

物の状態を言った。

表現は変だけれど、自分で考えた言葉で他人に物の状態を伝えた。それで助けを得ようとした。


そういう事か…。
言語&自我が芽生えてきてはいるんだ…。

最近は自身を鏡でよく見ている。
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私がボビーをおんぶして一緒に鏡に映ると、ちょっと照れくさそうにキャハキャハ笑う。

ボビーが一緒に座ってくれない時に、私がひっくり返って「ボビーが遊んでくれないよ~」って駄々こねると、ニコニコして一緒に座る。笑

以前は、ああやって座って言葉を教えるのなんて2分も持ちませんでしたからね。セラピストでさえ。

やっと自己認知や他者との関係の理解ができて来た。私たちと一緒に歩けるようになったのもそういう事。

自発的にできることも増えてはいる。
最近は自分でジュースの素も入れる。
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こぼすけど。笑

幼少からのABAトレーニングと、今の学校の自信とモチベーション上げるトレーニングの賜物。

これでやっと言語理解ブースターが効くかもって話なんです。

続く


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